hakata8museum
 
私たちの「はかた博物館」は、アカデミックにいえば、エコミュゼと分類される博物館です。私たちは、意図せずこの活動を始めたのですが、国立歴史民俗博物館の先生が「これこそ、エコミュゼですよ!」と言われたので、おフランス語で、ちょっと響きも良いので、以後 Écomusée と呼称することにしました。

エコミュゼ
 1970年代にフランスで創設され,定義され、使われて来たエコミュゼの名はその後大きく国際化した。ペーター・デヴィスは25ヶ国で166出来ていると1999年に報告している。
 フランス的な運動であるエコミュゼの思想は人間とその環境を対象とする。即ち「人間とその領域としての家庭、村,小さな郷土、地域」である。フォーラム としての博物館、エコミュゼは人間と環境の総体的で分離不能の視点を提示し,人間共同体の行動に役立ち、そのあるべき発展に寄与する。
 社会に開かれ,住民と施政者に対しては民衆的であるエコミュゼは、今日種々の問題を扱う。しかし「エコミュゼの名は乱用され,目的とした意味から外れ、 その創始精神をなんら具現しない組織が用いている。詐称というか,自然進化と言おうか,全く不相応なものを示すことにもなる。」

社会的ミュゼ
 1991年エミリー・ヴァイアンがこの名称で民俗学、芸術、民俗伝承博物館、技術、工業、歴史博物館、景勝地や野外博物館、 海洋博物館それにエコミュゼを総称することを提案した。
 これらのミュゼは人間と人間が実現したものを考察し,種々の方法で、収集物や研究が示す知識の一部を伝える。資料としての事物の古典的展示やそれらが示 す考えを説明する道筋とは別に,社会的ミュゼは当初から他の表示技術(視聴覚、機械化など)や人的介入(労働者や住民)表示法を発展させ,今日では,博物 館や遺産分野で採用され一般化した。
 科学的、文化的、学際的表現形態全体として,地域を価値づけるため、エコミュゼを踏襲する社会的ミュゼは、地域の遺産の種々の要素を共鳴させ,地域の文 化的解読を容易にする。
 地域のミュゼ、「記憶の渡し守」,共同体と遺産の通訳者,「木靴のミュゼ」、「不況のミュゼ」など、誉められたり貶されるものを含め、エコミュゼと社会 的ミュゼは、田園、都市、郊外地域で、地域の構造化と発展に果たすその役割は単なる文化的領域を超えて行く。
 文化的遺産を広く社会化し、価値付け、研究、保存を図り,未来の世代に役立てるため、社会的ミュゼは、社会を観察・分析し,疑問を呈し,今や、多様な民 衆の心の拠り所として、文化間、世代間の真の仲介者となっている。
                                        ...だそうです。
http://www.google.com/url?q=https://www.ecomusee.alsace/fr/&sa=U&ved=2ahUKEwj7n5-FmZvsAhVUE4gKHWf3DCMQFjADegQICxAB&usg=AOvVaw1bJqUlaTvRIMwgHuKO0-Alshapeimage_2_link_0